今日のお客さまは、長く殺風景な1本道から来た女の子。
どうやら学校からの帰り道のよう。
いきなり現れたこのお店に少しとまどっているみたいです。
お客様を店の中から見つけたお花屋さんは、小さめのドアを開けて、お客さまの前にでるとお行儀よく、いっぱいの笑顔で言いました。
「いらっしゃいませ!お花はいかがですか?」
お客さまはちょっとだけ考えると困った顔でく
「あ、あの...ごめんなさい、お金、持ってないの。」
と、ちいさくつぶやきました。
それでもお花屋さんはちっとも驚きません。
「それならご心配要りません。お代はいただきませんから。」
それを聞くとお客さまの顔はぱっと明るくなりました。
ホントはお客さまはお花は大好きだったのです。
ですから、喜んでお花屋さんに立ち寄ることにしました。
お花屋さんはお客さまをお店の中に招き入れ、花もようのレースのテーブルクロスのかかった、まぁるいテーブルに座らせると、お茶の用意をしにすぐにキッチンへと向かいました。
 お客様はお店の中を見回しました。
お店の中には今、自分が座っているテーブルセット。
テーブルクロスとおそろいの、レースのカーテンがかかった大きな出窓が2ヶ所。窓際には青色のビンが数本、キラキラと太陽の光をはじいています。
その出窓に面して、素敵な食器が並んだアンティーク調の棚の置いてあるキッチン。
それに向かい合わせの2枚のドア・・・(片方はもちろんさっき自分たちが入ってきたドアです。)
不思議な事に、お花は何処にもありません。
 そうしているうちにお花屋さんは、ティーセットと美味しそうな木苺パイの乗ったトレーを持ってきていました。
「木苺パイとレモンティーです。お好きですか?」
「両方とも大好き。」
二人は顔を見合わせてにっこり笑い合いました。

 全部食べ終えてしまうまで、すっかり二人は仲良くなりました。
お客さまは幼い頃のお話をしました。
「凄く仲良しだった男の子がいて、二人でよくたんぽぽがいっぱい咲く丘に行ったの。春になるといつも1面が黄色に染まってた。それが終わると今度は綿毛の白に変わってね。一緒にお絵かきしたり、かんむり作って遊んだなぁ。」
お客さまはまるで幸せな夢を見ているような表情でしたが、しばらくすると、少し不安げに言いました。
「...ときどきこのことをいつか、大人になったら、忘れちゃうんじゃないかって不安になるの。男の子のことも、たんぽぽの丘のことも、かんむりの作り方も。」
 たしかに、大人になると、何気ない昔の出来事は
忘れてしまうことも多いのかもしれません。
それはとても哀しいことだけれど、お客さまはどうしたらいいのか分からないのでした。
 お花屋さんはお客さまに優しい笑顔を向けました。
そして、たんっと椅子から降りると、お客さまの手をひいてもう片方のドアの前に連れていきます。
「では、ご注文は“たんぽぽ”でよろしかったですね?」
そういうと、ドアノブを握り、ゆっくりと静かにドアを開けました。
 次の瞬間、お客様とお花屋さんの目の前には

           1面、黄色のたんぽぽの、丘があったのです。

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